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お知らせ
2021年3月12日

東日本大震災から10年

10年前の今日、私は東京都内のビル22Fのオフィスに居ました。

時化の海で揺れる船のように、ぐらんぐらんとビルとは思えない揺れ方で、

最初何が起こっているのかよく分かりませんでした。

 

TELの最中で、受話器を持ったまま、机の下に潜り込み様子を見ていると、

目の前のビルが火災となり黒煙が昇りました。

更にその先の東京湾からも同様に真っ黒な煙とちらっと見える赤い炎。

恐怖を感じているのに、状況を飲み込むまでに時間がかかりました。

 

その日の夜懇親会があり幹事をしていたので慌ててお店にキャンセルのTELをしました。

当然つながるわけもないのに・・・

参加予定の人に「今日はどうするか?」とTELで会話したり・・・

他の社員は客先訪問予定で外出しました。

JRが止まっていてすぐに戻ってきました。

 

とてつもなく、大きな事故が起こっていることはわかるのですが・・・

人間というのは、自分の身の安全が確認できると、すぐに日常の生活に戻れると思うのですね。

 

阪神大震災の時、大変なことが起こったと理解はしていたのですが、

自分事と感じることができていませんでした。

このことに気づいたのは、東日本大震災で自分自身も怖い体験をしたからです。

もっと早く気付くことができたら、当時行動がもっと変わったかもしれない。

自分自身の経験がないことは、どんなに頭で理解できても、

同じ気持ちになることはできないのだと痛感しました。

 

暫くオフィスに居ましたが、当時の会社から自宅まで7kmだったので、

女性社員数人を連れて帰宅することにしました。

階段で22Fを降りたので、1人が膝を壊してしまいました。

また、駅は人手溢れ乗れる状態になかったので、居酒屋に入り待機することにしました。

その後、どんどん人が入ってきてお店が満員になりましたので、判断が良かったと思います。

それから深夜o時過ぎまでお店に居ました。

 

実は、唯一主人とだけ連絡が取れず、ずっと不安だったのを覚えています。

 

深夜を過ぎても人が引く様子がないので、歩いて帰ることにしました。

3kmくらいのところで、膝を壊した女性が歩けなくなってしまい、

どうしたものかと思った矢先、目の前にタクシーが出てきました。

すぐに乗りました。神様っているんだと思いました。

しかし、国道が大渋滞で、残り4kmなのに40分以上かかりました。

 

実家の母に布団を持ってきてもらい、旦那も無事帰ってきたので、

安心し疲れてすぐ就寝しました。

 

 

翌朝、TVを付けて愕然としました。

漆黒の津波にあらゆるものが飲み込まれていく風景を見て、みんなで涙しました。

今でも思い出すたびに、心臓が締め付けられる気持ちになります。

きっと、誰もが何かしたいと思ったはずです。

 

 

それから、私は大嫌いだったSNSを開始しました。

理由は、当時赤十字やTV番組で募金をしていましたが、どうしても被災地に直接支援したいと話をしていたら、

知人がFacebookを紹介してくれました。

Facebookのお陰で、NPO/NGOで活躍する被災地の皆様とつながり、直接支援が可能になりました。

 

 

阪神大震災で被災したブログ友達に、何が一番うれしい支援か聞きました。

「その人が望むことをやってあげて。」「多分お金が一番困らない(笑)。」

と教えて頂きました。

自分がしたいこと < 相手が望むこと

このこをと意識して支援しました。

現金の寄付、欲しいものを買う支援。

要らない洋服を処分するようなことは一切しませんでした。

新しいものを楽天・amazonで購入し送りました。

 

そんな活動をしている中で、津田邦和博士に出会いFacebook就職し、

今の仕事をするきっかけになったのです。すごい!!!

 

津田さんは、1990年代に日本にクラウドを普及した第一人者です。

当時の私はITは、ITだけは好きになれない、大嫌い!!!!でした。

いえ、正直、今も嫌いです(笑)

ですが、FacebookもブログもYoutube、クラウドファンディング、ECサイト、

銀行のATM、スマホアプリの全て、、、

あらゆるサービスがクラウド技術により提供されていることを教わり、

バーチャルで津田さんや東北の方との出会えることに感動し、

ITを活用することのメリットを体感したのです。

 

私はITに興味を持ち、この技術を活用して東北の復興支援するという津田さんの活動支援を開始しました。

活動については端折りますが、その活動から出会ったのが東海新報さんだったのです。

 

IT・クラウドを活用すれば、生活や人生を豊かにすることができると思います。

私のようなIT食わず嫌いはたくさん居るので、私の経験も踏まえながら、

良さを新聞社の皆様にお伝えして行きたいと思っています。

 

 

そして、プロジェクトを通じ、本当に重要なことに気づかせてくれた

東北の皆様への感謝の気持ちを生涯忘れずにいたいと思います。

また10年後に、同じ気持ちでいられるように・・・

 

 

クラウドビジネスプロデューサー
ITクラウド通訳

熊谷 恵津子